PORTO CERVO の人々

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2011年 04月 29日

Castello della Fava

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Castello della Fava ファーバ(そら豆)城 

サルデーニャの中央部ヌーオロからもっとも近い北東に位置する歴史的小地区で知られるBaronie(バロニエ)は現在
北のBaronieSiniscola(シニスコーラ)、南のBaronieOrosei(オロセイ)が行政のほとんどを掌っているが、
サルデーニャ中世の時代にはBaronieの地区はBaronia di PosadaBaronia di GalutelliBaronia di Oroseiの3つに分けられていた。

時はおよそ9世紀から15世紀にかけてサルデーニャのジュディカート時代と呼ばれていた時代にはサルデーニャを4分割にしてCagliali(カリアリ)、Torres(トッレス)、Arborea(アルボレア)、Gallura(ガルーラ)とそれぞれが独立した自治制度を形成して独立国を営み、その当時ガルーラ独立国の支配はBaronieまでにも及んでいた。

そのガルーラ独立国の中でもBaronia di Posadaは中世の時代において重要で大切な地域だった。
Posada(ポサーダ)は石灰岩の山の上にどっしりと根を下ろしながらも小じんまりと密集した歴史的旧市街地を構え、山の頂には中世の軍事建築の典型的なエレメントで知られるグエルフィ(ゲルフ)の峡間胸壁が一際高く聳え立つ印象的な村である。
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Fava城は12世紀に栄華を誇っていた海洋共和国のピサ人によって建造されたもので、建造された当初はガルーラ独立国が支配していたが、1294年にはピサ人の支配に変わり、続く1324年にはカタルーニャ=アラゴン連合国の手中に落ちる。
1300年の初頭にはサルデーニャの独立自治国はエレオノーラ王女率いるアルボレア王国を除いてすべて滅びてしまい、
1388年 Fava城は再びサルデーニャのアルボレア王国に統治されるが、1409年6月30日の
Sanluri(サルデーニャ州Medio Campidano県のコムーネの一つ)の戦いでアルボレア王国がアラゴン王国に完敗し、
Fava城は再びスペインの支配下に置かれる。
そして1431年、アラゴン王国のアルフォンソ5世はアルボレア王国の末裔Nicolo' CarrozPosadaを譲与して
Baronia di Posadaはおよそ1869年まで続いた。

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by portocervo1962 | 2011-04-29 08:44 | Baronie
2011年 04月 24日

Spiaggia Capo Comino

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Spiaggia Capo Comino(カポ・コミーノ ビーチ)

サルデーニャの自然が持つ豊かな色彩は1年を通してたくさんのさまざまなニュアンスを含んでいるが、サルデーニャの自然主義的とも言えるこの島の世襲財産は私達にたくさんのインスピレーションを与えてくれ、あらゆるモチーフをもいつも私達に提供してくれる。

地中海に浮かぶ美しい海岸線を兼ね備えたサルデーニャ島の魅力的な風景の1つには、あらゆる方角からの風に支配された
この島ならではの風によって吹き上げられた砂が堆積して出来る海岸砂丘はおそらくたくさんのフォトグラファーたちの
心を虜にしながらも彼等たちによっていつの時代にも絶好の被写体として選ばれてきたように、それ程サルデーニャの海岸線上に生成される砂丘は美しくこの上なく心象深いことでよく知られている。
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サルデーニャですばらしく感動を呼び起こす海岸砂丘としてよく知られているのが、サルデーニャ島の南西に位置する海岸線の
Piscinas(ピッシーナス)Porto Pino(ポルト・ピーノ)は特に有名だけれどサルデーニャ島の中央東海岸にも1つだけ美しい流線形を兼ね備えた海岸砂丘が存在している。


Spiaggia Capo Comino(カポ・コミーノ ビーチ)。
ちょうど先々週にCala Gonone(カーラ・ゴノーネ)に辿り着くまでの道のりの途中に、久しぶりに皆で立ち寄ってみた。

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by portocervo1962 | 2011-04-24 08:23 | Baronie
2011年 04月 20日

春爛漫 サックスの音色に酔いしれて

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Cala Gonone (カーラ・ゴノーネ)

もうすでにどこのビーチに訪れても人々が日光浴に勤しんでいる姿が見れるようになったほど、ここ数日最高の天気が続いている。
まだ海水は冷たいのでさすがに泳ぐには早いものの足先を波打ち際に浸けてみれば、まだ重ね着した服の上から浴びる
強い日差しで少し火照った体には足元から伝わるこのひんやり感が何ともいえない心地良さを与えてくれて気持ちがいい。

数日前もカーラ・ディ・ヴォルペホテルの近くのヴィラに住む私達の親友ジョルジャもポルトチェルボに戻ってきたので、先週末も皆でサルデーニャ島の中央東海岸を占めるオロセイ湾を望みながらDorgali(ドルガリ)のCala Gonone (カーラ・ゴノーネ)まで途中いろいろなビーチに立ち寄りながらも最高のドライブを楽しんだ。

少し靄がかかっていたCala Gonone (カーラ・ゴノーネ)の港であったけれど、それでもCala Gonone の美しさは相変わらず健在だった。

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by portocervo1962 | 2011-04-20 22:42 | Barbagia di Nuoro
2011年 04月 15日

曇り空

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今日は朝から曇り空。朝起きてすぐに窓際から見える景色が曇り空だとなんだか一日の始まりも歯切れが良くない。
また少し肌寒くなったので春物のコットンのセーターに袖なしのダウンジャケットを羽織ってもまだ寒さを感じるほど。
3月11日からもう1ヶ月以上経ったけれど、私も依然としてこの曇り空と同じようになんだかずっとどんよりしているまま。

少し前までは躍起になって情報を入手しようといろいろなサイトめぐりもしてみたけれど、反って自分自身を余計に疲労困憊させていることだと思い、今は毎朝ネットニュースを3社チェックするのみ。
それでもニュースの話題は暗い話題のほうが多く、日本から遠く離れている私は現実感はないものの、それでも不安が未だ募るばかりで、実際に今日本で暮らしている皆は1ヶ月経った今またどんな思いでいるのだろう。
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私達の住むエメラルド海岸の観光事業は復活祭から始めるところがほとんどなのでどこのホテル、レストラン、ブティックも
今のこの時期はオープニングの準備で大忙し。と同時にこの時期になるとたくさんの友達や知り合いがポルトチェルボに戻ってきて再会を祝して本来ならとてもうれしいはずなのに今年は手放しで喜べない自分が何処かにいる。

やっぱり日本が元気じゃないと私も心底元気になんかなれない。
今の私には遠くから離れて只ひたすら祈り見守る事しかできないけれど、それでもこの困難に現実に乗り越えようと日々戦っている皆がいるのだから、私も弱音など吐かず今年のこのシーズンを乗り越えていかなければ。

今の時期は自然や動物と戯れている時間が私にとっては一番安らぎを感じる時。



By This River




いつも訪問ありがとう。
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by portocervo1962 | 2011-04-15 21:50 | A proposito di me
2011年 04月 14日

Spiaggia di Berchida

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Spiaggia di Berchida(ベルキダビーチ)

現在、私の夫の幼馴染で兄弟同然のように育ってきた大親友のがポルトチェルボに数週間の予定で滞在している。
はエメラルド海岸の創始者のメンバーの一人メンタスティの孫である。
エメラルド海岸というとまずアガ・ハーン4世の名が先に挙がってくるが、ポルトチェルボの人々の間ではアガ・ハーン4世
同様にまたメンタスティ一族もエメラルド海岸の発展において重要な役割を果たしたことでよく知られている。

私の夫やにしても、彼らの過ごした幼少から思春期の時期のサルデーニャはまだもうもうと砂埃が立ち込めるような舗装されていないでこぼこな道も多く、粗削りで雄大なサルデーニャの自然が巨大な建造物で視界を遮ぎられるようなこともなく、遥か彼方まで広がる荒野はまるでFar Westのフロンティアのような極西部の辺境の地のイメージをそのままにまだ残していた。

好奇心旺盛な少年だった彼らにとってはサルデーニャのこの豊かな自然が宿る未開拓の土地はさぞかし最高の子供の遊戯場になっていたことはきっとまちがいないのだろう。

先週、食事中に彼等からふと、今はサルデーニャのどこのビーチも人が溢れてすっかり観光地化されてしまったけれど、
エメラルド海岸から少し南に車を走らせれば、まるで35年前のエメラルド海岸を少し彷彿させるようなビーチがまだ一つ残されている事を聞いた。
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エメラルド海岸の玄関口オルビアから南のSiniscolaに向かって国道125号線に車を走らせ、Berchida(ベルキダ)の
Cantoniera(保線道路・河川監視員の家)を左に折れて、さらに4kmの少し凹凸の激しい道のりの先には、
途中穴ぼこだらけの路面に出会う事もあるが、幅50m、長さは地平線上に広大な拡がりを見せる平坦で美しい海岸線が
どこまでも続くSpiaggia di Berchida(ベルキダビーチ)が待ち受けている。

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by portocervo1962 | 2011-04-14 02:36 | Baronie
2011年 04月 09日

Flavio Manzoni

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新型Ferrari4WDモデル「FF」(Ferrari Four)


2010年1月12日付けでFerrariのデザインディレクターに就任したサルデーニャはヌーオロ出身の
Flavio Manzoni(フラヴィオ・マンツォーニ)。

そのFlavio Manzoniが今年2011年3月6日にサルデーニャのヌーオロとオリアストラの建築家協会が主催する
EUROMEDITERRANEOの2011年のサルデーニャ建築賞を受賞した。

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by portocervo1962 | 2011-04-09 07:44 | Personaggi Sardi
2011年 04月 07日

Gallura西海岸3 Spiaggia di Tinnari

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(前回の投稿の続きです)

2番目のビーチはSpiaggia di Tinnari (ティンナリビーチ)。
Costa Paradisoからさらに南下してMonte Tinnari(ティンナリ山)からMarineddaのあたり一帯は自然が険しく
より力強い景観を見せている。
車道の脇の細道を一歩奥に入ると舗装も何も施されていないでこぼこの入り組んだ道などはこの界隈一帯には無数にあり、
放し飼いの家畜とも出会う確立も高く、長閑で牧歌的な風景が待ち受けている。
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住宅街の外れに聳え立つTorre di Isola Rossa

Isola Rossaは地図上で小さくポツンと浮かんでいる小島で、その小島と向き合っている岬の一帯もIsola Rossaの小島と
同名の名が地域名として使用されている。
Isola Rossaの住宅街からMarinedda(マリネッダ)を抜けてMonte Tinnariまで向かい、Spiaggia di Tinnari の標識に向かって4km程進むと鉄格子の扉があり、そこに車を止めて険しいティンナリ山の急な坂道を1km歩くとビーチに辿り着く。

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by portocervo1962 | 2011-04-07 15:01 | Gallura
2011年 04月 07日

Gallura 西海岸3 Spiaggia Li Cossi

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今年は1月から3月にかけて連日のように雨がたくさん降り続いた日々のおかげでとも言うべきか4月に入ってからは
サルデーニャの北東の海岸線沿いに車を走らせて見れば、車窓からは例年以上に満開に咲き乱れた花々が色取り取りに稜線を彩り、草木は深緑の広がりを見せて私達の目を楽しませながら、すっかり春の息吹きを感じ取れるようになった。

3ヶ月間のどんよりとした天候の中、週末に予定していた計画も足留めされたりと少しだけ我慢も強いられたけれど、こうして今授かっている自然の恩恵に浴することができてうれしい反面、今回日本が遭遇した自然界の脅威と背中合わせに起きた人災が
もたらした残酷さの中で自然の摂理はいつも人間の予測とは裏腹に無関係なところで容赦なく働いて、悲しい爪痕を残したけれど、これによって今一度、贅沢に慣れすぎてしまった私達が今後は自然とどう共生していけばいいのかをそれぞれが自分の頭で
しっかり考え自分で答えを見出していかなければならないのだろう。そして今豊かな自然に恵まれたサルデーニャに住む私自身にも今回のことは私にいろいろなことを投げかけ考えるきっかけを与えてくれた。
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Marinedda(マリネッダ)の入江

地中海の中においてもおそらくとびっきりドラマチックで、果てしなく蒼く澄み切った海を兼ね備え持つサルデーニャの自然のままに活かされた美しい入り江に今はひたすら感謝せずにはいられない。
サルデーニャのビーチはどちらかというと車を駐車してそこからビーチまで徒歩で10分か15分という距離に位置している
入り組んだ入江が多く、それでも人々はビーチバッグを片手に遠方の地中海潅木地帯の植物の茂みの先に見える深く紺碧に輝く海が視界に入ってくると、もう歩いてきた事など一切忘れて一目散にビーチへと駆け込む。

そんな人々の心を魅了し、感動を呼び起こすような美しいサルデーニャのビーチの中において、ガルーラの西海岸にも人里離れた、まるで孤島のビーチに佇んでいるかのような静寂さに包まれた2つの美しいビーチが存在する。

これらのビーチにはビーチに辿り着くのに少し困難を要するため、いつ訪れても人が比較的に少ないことや、また通常のビーチのようにデッキチェアーやビーチパラソルの貸し出しや飲食のサービス等もまったく提供されていないことからも、
まだあまり観光地化されずにビーチ本来のもともとの美しい姿がそこにはまだちゃんと残されており、こういうビーチに出会う度に便利さや利益を追求しすぎると知らずのうちに自然の景観が損なわれていることにも改めて気付かされ、本来はこういうビーチこそが私達に究極な居心地さと開放感を与えてくれるのだろう。
サルデーニャには人跡未踏ともいえるような秘境のビーチがまだ無数に残されているのである。

そして困難して辿り着いた先に現れた壮大なスケールの入江の美しさへの感動も大きいほど2度と忘れられないビーチとなることは間違いないのである。

何日間も激しく降り続いた雨の後の3月の第1週目の土曜日に私達は敢えてあの心地よい疲労感をもう一度求めて
Galluraの西海岸のこの人里離れたビーチにまた訪れてみた。

Galluraの西海岸域でもCosta ParadisoからIsola Rossaの一帯はGalluraの特色でもある花崗岩がより強く赤味を帯びている地域で、この地域一帯に踏み入ると、いきなり視界に飛び込んでくるのは小さく切り刻まれたフィヨルドが形成する花崗岩の小尖塔の峰が幾重にもごつごつとした連なりを見せ、険しい入江にしっかりと焼きついた花崗岩の赤褐色と海の蒼さが織成す
コントラストに私達はまずすっかり目を奪われるのである。

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by portocervo1962 | 2011-04-07 01:43 | Gallura