PORTO CERVO の人々

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2010年 11月 21日

メンタスティ

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1975年当時 Porto Cervoのマリーナ Porto Vecchio

私の夫は幼少の頃からローマの学校が夏休みに入ると毎年ポルトチェルボの別荘で彼の両親と姉と共に夏の間中ポルトチェルボで過ごしながら育ってきた。
特に70年、80年代のポルトチェルボは創始者のアガ・ハーン4世が引き連れてきた真のジェット・セットと言われる人がほとんどで俗に黄金の時代と言われている。
私の夫の父親は建築家としてアガ・ハーン4世やまたその他大勢の財閥家のためにプロジュクトを手掛けながら、たくさんのすばらしい仕事と人脈に恵まれることになるが、とりわけその当時サンペレグリーノのミネラルウォーターのオーナーで知られるメンタスティ一族とは特に懇意な間柄になった。それはメンタスティ一族にはその当時の私の夫と同じ年頃のお孫さんが3人居て私の夫と共にまるで兄弟のように幼少時期と青年時期を過ごしていたからである。
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左から, karim Aga Khan Ⅳ、アガ・ハーン4世の弁護士André Ardoin Michele Busiri ViciLuigi Vietti

たまたま夫の家族がエメラルド海岸の成り立ちを良く知る人たちだったので私も昔の古い貴重な写真等を見せてもらいながらいろいろなエピソードを聞くのが楽しみになり、今ではこの地に対する愛着が少しずつ育ってきているように思う。
しかしたとえばエメラルド海岸域の不動産屋に財を成して家を買いたいと来訪する人々の9割はエメラルド海岸の背景にあるストーリー、もしくはエメラルド海岸スタイルを作り上げた著名な建築家の名前さえも興味がない人が多く、大半が不動産屋の話を鵜呑みにして購入に至る人が多く、そうなるととんでもない物件をまったく適正でない価格で買わされている人が結構多いのも悲しいかな現実なのである。

黄金の時代からかなり変遷を遂げてきているエメラルド海岸だけれど世界的な経済危機もあって昔に購入した別荘を窮地を脱するために売りに出している人もこのところ多く、この時期を狙ってたくさんの投資家がめぼしい物件を物色しているこの頃で、またアガ・ハーン4世がエメラルド海岸を売却した後からニューリッチといわれる世界的な富豪がどんどんエメラルド海岸の入江に近い物件を買占め、また有名な女優・俳優、サッカーなどのスポーツ選手やショーガール、グラビアアイドルといわれる人が続々と訪れるようになってからフラビオ・ブリアトーレが運営する『ビリオネア』という種のお店がどんどん出店し出しだしてからというもの、より虚飾に満ちた世界が大袈裟なほどに氾濫しているように思う。
まぁ、これには需要と供給の法則で、虚飾に満ちた一見華やかに見える世界を求めにやってくるイタリアの若者や外国人の富豪がたくさんいるのも現実で今やスペインのイビザ島のように化しているとの声も出ている。
そしてこういう現象に閉口してポルトチェルボに来なくなってしまった人たちもたくさんいるのもまた現実なのである。
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1970年代 Piazetta di Porto Cervo

話は戻って、メンタスティのお孫さんたちと私たちは現在も交流があり、毎年夏になると彼らのポルトチェルボでの滞在期間中は一緒に過ごしている。お孫さんのうちの一人、はサン・ペレグリーノの創始者Ezio Granelli(1880-1957)の娘Mara Granelliが一番愛する孫で、もう何年か前の夏にから1933年建造の年代物の3本マストの大型スクーナー船Croce del Sudの乗船に招待され、その夜の夕食をCroce del Sudの船上で共にしていた時、からおばあちゃんからの誕生日のプレゼントの話題が出て、あのマッダレーナ諸島の一つSanto Stefano島をプレゼントされたことを教えてくれた。
告白された場所が場所だっただけにあの夜のことは未だによく覚えている。

もともとアガ・ハーン4世がエメラルド海岸を見つけた以前からこの地に訪れていたメンタスティ一族はサルデーニャ島にいくらかの島と土地を所有していることはポルトチェルボの人々の間ではすでに知られていることであるが、今年の7月に悲しくもMara Granelliが逝去されてしまいおばあちゃんっこだったお孫さんたちも相当辛かったと後に語っていた。
先日も孫の一人から電話があり遺産相続でメンタスティー一族は現在大変であるらしい。

またEzio Granelliやアガ・ハーン4世同様にの父親であるも比類のヨット愛好家で知られてた人でヨットクラブコスタズメラルダのクラブハウスでも有名な人である。
この夏も頻繁に彼らのPeveroの別荘に夕食を招待していただいたが彼らのヨットに対するロマン話は永遠に尽きないのである。

毎夏、いつも決して目立つことなくひっそりとポルトチェルボで過ごされているメンタスティ一族であるけれど私たちは毎夏、彼らと再会できる事をとても楽しみにしているのである。
そういえば、が私に言っていた。
「ポルトチェルボの外観も人々も昔と比べると変わってしまったけれど、海と入江の美しさは昔のままだからね。」と。
そしてはいつか私たちに時間が取れたときいつでもヨットで周遊しようと誘ってくれている。
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いつも訪問ありがとう。
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by portocervo1962 | 2010-11-21 08:25 | A proposito di me


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