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2010年 05月 19日

聖シンプリーチョ祭とエスノロックな夜1

サルデーニャのエメラルド海岸の玄関口といえばOlbia空港のあるオルビア市になるわけですが、オルビア市は商業貿易港としても栄えており、クルーズ船の寄港地、車両・旅客を運送するフェリーがイタリアはローマのCivitavecchia(チヴィタヴェッキア)、Genova,Livorno,Napoliなどから出入港するフェリー港としても重要な役割を果たしています。
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オルビア市にある水道橋跡

もともとオルビアは紀元前5~4世紀にカルタゴ人によって開かれた町で、カルタゴ人の後にはローマ人によってテルメや水道橋等が建造されました。
実際オルビアの町にはテルメ通りとか水道橋通りという名の通りがあってその周辺を歩いていると、はるか昔の形跡が伺えるスポットがいくつかあるので探索していると本当におもしろいんです。
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聖なる井戸 Sa Testa

そして巨大な石の塔を無数に積み上げたヌラーゲ遺跡、巨石の墓、ヌラーゲ時代に礼拝空間として利用していた聖なる井戸など古代遺跡が点在していることもオルビア市の魅力の一つでもあります。
またローマ皇帝ネロが寵愛していた解放奴隷のアクテ(Claudia Atte)の広大な敷地、お屋敷、レンガ工場等をここオルビアに所有していたという興味深いお話もあります。

さてそんなオルビア市では先日5月15日(土)オルビアそしてガルーラ地方の守護聖人San Simplicio聖人シンプリーチョの祝日で5月12日(水)~16日(日)の5日間"Festa di San Simplicio" 聖シンプリーチョ祭が開催されました。今年はたくさんのイベントが目白押しで5日間あまり天候に恵まれなかったにもかかわらずたくさんの人出で賑わっていました。
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聖シンプリーチョ教会

聖シンプリーチョ教会は四角形の花崗岩の切石が積み上げられたロマネスク様式の594年~611年の間に建てられたという教会で、聖人シンプリーチョは304年ローマ皇帝ディオクレティアヌスによるキリスト教迫害の下、殉教し殉教者の栄誉を授かったサルデーニャの最初の司祭です。
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正面ファサードの向かって左側の小アーチの上にある大理石のレリーフには一匹の犬と馬に乗った人間が彫られており、これはランゴバルト(ロンバルト)の様式に似ています。
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ファサード上部の三連窓の上部と小アーチの上部に陶器の深皿が埋め込まれていた跡が見えますが、これはピサ独特の装飾です。
また三連窓は4つの部分に分けられ2つの円柱で支えられていて、向かって右の円柱は6つの小円柱を2重のベルトで結ばれています。向かって左側の円柱の正面には小さい顔、側面にはヘビが彫られています。この様式は霊魂の不滅を示すキリスト教の象徴解釈です。
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小さく突き出た後陣と外壁を取り巻く小さなアーチを繰り返すロンバルト帯の装飾が独特です。
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聖堂内は7本の角柱と5本の円柱が交差しながらアーケードで分けられている三廊式です。
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円柱の柱頭には左側が人間の顔をモチーフにしたものが彫刻されており、右側はヤギとムフロン(サルデーニャに生息する野生の羊)が様式化されて彫られています。
また聖堂内陣には色褪せた2片の古いフレスコ画を目にすることができ一つは聖人シンプリーチョ、もう一つは595年後、司祭であった聖人ヴィットーレだと言われています。
このようにランゴバルトとピサの影響を受けたロマネスク様式の教会がサルデーニャ全域で60ぐらいあります。
尚、聖シンプリーチョ教会は900年初頭、1950年、1984年と3度に渡って修復されています。


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by portocervo1962 | 2010-05-19 19:51 | Gallura


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