PORTO CERVO の人々

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2010年 02月 18日

エメラルド海岸の領域

よく聞かれる事で、エメラルド海岸っていったいどこから何処までなのかについてなのだが、一般にcugnana(クニャーニャ)湾からarzachena(アルザケーナ)湾までと認識されているようなのだが、正確には、portisco(ポルティスコ)の終わりからpoltu quatu(ポルト・クアットゥ)の始まりまでがconsorzio costa smeralda(エメラルド海岸協同組合)のテリトリーとなる。

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左の地図はエメラルド海岸のテリトリーをグリーンのラインで記したものなのだが、わたしたちの住むabbiadori(アッビアドーリ)というエリアはエメラルド海岸のテリトリーには含まれていない。したがって、エメラルド海岸協同組合への分担金は払わなくてもよくなるというわけだ。
この分担金というのは、エメラルド海岸の景観と環境を侵さないよう、また維持するために常に警備員が町を巡回し、ビーチや道路または公園、庭園と清掃人や庭師などあらゆるたくさんの人が働いていて、彼らに払う賃金の分担金といってもよいだろうか。エメラルド海岸のテリトリーにある別荘はこの分担金が義務付けされているのである。
わたしたちの友達の別荘は、cala di volpeホテルのすぐ近くに位置するのだが、エメラルド海岸のテリトリーには入っていないのでもちろん分担金は払わなくてよいことになる。
まったく微妙なところなんである。
わたしが初めてエメラルド海岸に訪れていた頃、porto rotondo(ポルト・ロトンド)、portisco(ポルティスコ)、poltu quatu(ポルト・クアトゥ)、baja sardinia(バイア・サルディニア)もエメラルド海岸の一部だと、てっきり思っていたのだけれどエメラルド海岸に何年も前から住んでいる人たちに言わせると、はっきりと違うと返事が返ってくる。

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私にしてみればエメラルド海岸のテリトリーなんてどうでもいいことで、ポルト・ロトンドもポルト・クアトゥ、バイア・サルディニアもとてもステキなエリアだし、なによりもサルデーニャ全土がすべて魅力的なのである。
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# by portocervo1962 | 2010-02-18 23:26 | Costa Smeralda
2010年 02月 17日

エメラルド海岸スタイル

わたしたちの住む家はcala di volpeホテルよりもさらに高台にあり,Jacques Couelleが昔住んでいた家は、わたしたちの家よりもさらに高いところに位置している。御影石の岩山に隠れており、また玄関口である正門から建物まではかなり距離があり、完全にプライベートが守られている。
彼はcala di volpeホテルの工事現場を自分の家からよく眺めていたと言う。
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Jacques Couelleはアントニオ・ガウディの教え子でもあったのが、この家の技法から感じ取られるであろうか。よくご覧いただくと向かって左側部分は素材として銅の板金を使用しており、あらゆるパーツにおいて自然の素材を駆使しながら、彼の技法を生み出していった。
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           これは入り口の扉の部分。
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           これはリビング。アーチのラインに注目を。
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       これはプール。最初からあった御影石を利用しながらあたかも海と繫がってように見せている。 
エメラルド海岸の建築の様式は、その土地独自の素材を活かしながらあたかも周りの環境の雰囲気を壊すことなく自然と一体化させ、建築の合理性、機能性とともに風景画の要素を活用させたスタイルであると思う。
有機的な建築術としてはもっとも成功したうちの一つだろう。 

エメラルド海岸協同組合の創始者たちは、クリスタル色に輝く海の色からインスピレーションを受けエメラルドの石を様式化したものをエメラルド海岸の商標マークとした。
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ちょうどエメラルド海岸の入り口からちょっと入ったところに、大きな御影石にエメラルド海岸の文字と商標マークが刻まれているのだが、この商標マークを創作したのもJacques Couelle。
あまり知られてもいないことだし、商標マークなどに気を留めない人も多いのだけれど、是非こちらに訪れた際には気に留めて欲しいと思う。           
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# by portocervo1962 | 2010-02-17 04:03 | Costa Smeralda
2010年 02月 16日

cala di volpe

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cala di volpe(カーラ・ディ・ヴォルペ)と聞けば故ダイアナ妃を思い起こされる人もいるだろうか。
故ダイアナ妃が亡くなる前日に宿泊したのがcala di volpeホテルであった。またエメラルド海岸で一番最初に建てられたホテルでもある。

c0223843_02193.jpg建築家はJacques Couelle(ジャック・クウェル)
(1902-1996)スイスで生まれフランスに移る。パブロ・ピカソやサルバトーレ・ダリと深く親交があったという。
彼の経歴は建築技術に対する素材の研究と調査に始まり、実際に鉄の線と木材と石灰の骨組みによる原型を編み出し建築と彫刻の融合だと賞賛される。絵画、陶芸、彫刻とありとあらゆるものを創りだしてしまうアーティストだったという。
95歳で亡くなったJacques Couelleの後を彼の息子のSavin Couelleが巧みに父親の才能を引き継いでいる。
Savin Couelleについては、また後に触れておきたいと思う。

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上の写真は右側はpicasso、左側はJacques Couelle ピカソ本人が写真に修正を加えたもの。
エメラルド海岸の建築様式の発展の中で重大な役割を果たした人であり、実際に世界で有名になったcala di volpeホテルは彼の最初の作品として今もなお世界の人々から賞賛されている。

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                  エメラルド海岸でバカンスを楽しむ故ダイアナ妃
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今、現在のcala di volpeホテル(入江がちょうどキツネに似ていることから名前がついた)
かなり大きく拡張されていますが、右側から真ん中のアーチが建っている手前の建物までがJacques Couelleのオリジナル作品でアーチ以降の建物はアメリカの建築グループが手懸けたという話。拡張されてからのホテルは賛否両論みたいです。
毎年春のイースター休暇あたりからホテルは稼働するので、是非エメラルド海岸に立ち寄られたら、カーラ・ディ・ヴォルペを訪れてみてください。一見の価値があると思います。
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# by portocervo1962 | 2010-02-16 22:16 | Costa Smeralda
2010年 02月 15日

エメラルド海岸

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カリム・アガ・ハーン4世(※1)がこの美しい入江を見つけた時には、このあたり一帯は荒廃したわびしい土地で電気や水や道路さえも無く羊飼いや農民たちは出来るだけ内陸に住み仕事に従事していたと言う。
羊飼いや農民たちにとっては海辺に近い土地は肥沃ではないので放牧、農業を行うには適していないことから入江に近い土地はほとんど放置されていたも同然で彼らたちにとっては何の価値も無かったそうだ。
アガ・ハーン4世は世界のジェットセットたちが集う場所として、この海岸を変える目的でおよそ12000ヘクタールものこの入江を20億リラ(100万ユーロ)で購入し、パトリック・ギネス(ビールの王様)、アニェッリファミリィー(フィアットの創始者)、メンタスティ一族(イタリアのミネラルウォーター サンペレグリーノ)など親交のあった企業化、財政家グループらに声をかけてエメラルド海岸協同組合の設立文書の署名と一緒にエメラルド海岸の開発事業が1962年に始まります。

実は、アガ・ハーン4世がこの土地に訪れる前からメンタスティ一族は何度も訪れており、すでにporto mannu(現在のポルト・チェルボ)あたりの土地を購入しておりアガ・ハーン4世はメンタスティ一族から、再びporto mannuを買い取ったといいます。
メンタスティ一族は50年代から地中海全域をcroce del sud(※2)と言うスクーナ船で航海していました。メンタスティ一族は、水の生産だけではなく製薬業も営んでおり、50年代頃サルデーニャはマラリアに冒されていて、メンタスティ一族はキニーネ剤を運んで感染者を助けていたそうです。
このメンタスティ一族はこのエメラルド海岸に密接に関係のある人たちで、また今後、お話ができたらと思います。
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※1 カリム・アガ・ハーン4世 
   イスラム教イスマール派の分派ニザール派のイマームで政治家、実業家

※2 croce del sud  
   1931年建造された3本のマストに縦帆を装備した西洋式帆船。
   初代から一度もオーナーが変わっておらず、イタリアではヨットや船が好きな人だったら誰も
   が知る帆船です。ちなみにcroce del sudは星座の南十字星という意味。
   毎年、夏になるとポルトチェルボのマリーナの停泊されます。
   
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# by portocervo1962 | 2010-02-15 02:30 | Costa Smeralda
2010年 02月 14日

はじめに。

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わたしの住んでいるサルデーニャの北東部にあるエメラルド海岸はイタリア内外で各国の富裕なセレブが憩う国際的高級リゾート地として知られています。
わたしは2007年からイタリア人の夫(建築家)と一緒にこの土地に暮らしています。
縁があってサルデーニャに住むようになり、今ではすっかりサルデーニャに魅了されてしまいましたが、サルデーニャの魅力をいろんな角度からお伝えしていけたらなあと思っています。
まずは、わたしたちの住むエメラルド海岸のこの地方のことをお話しておきたいと思います。
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# by portocervo1962 | 2010-02-14 23:05 | Introduzione