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カテゴリ:Sardegna( 3 )


2012年 02月 24日

made in Senegal?

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カブラス潟

サルデーニャのオリスターノ県にあるCabras(カブラス)は漁師の村としてよく知られているが、またサルデーニャの特産品の一つでもあるボッタルガ(からすみ)の産地としても世界的に有名である。
もともとは水夫や漁師たちが長く陸から離れて生活する上での日持ちする身近な食材として昔から親しまれてきたのが、今やボッタルガは地中海のキャビアとも呼ばれたりしながら珍重な高級食材として世界中の食卓に上るようになり、これもサルデーニャの漁師達の伝統や習俗と密接に結びついた知恵と技術の産物であることは確かなのだろう。

地図で確認してもわかるようにサルデーニャは海に隣接した潟や池沼が多く形成されていて、潟漁が昔から盛んである。
ボッタルガ(からすみ)はメスのボラの卵巣を洗浄し、塩漬け、乾燥、熟成して加工されたものであるが、ボラは淡水と海水が混じる水域を行き来する汽水魚として、主にサルデーニャの南部の潟や池沼で活発に漁獲生産され、
ボラのボッタルガの加工製造業者もほとんどが南部に集中している。
オリスターノ県のカブラス潟(Stagno di Cabras)をはじめカリアリのサンタ・ジッラ潟(Stagno di Santa Gilla)や南東部オリアストラ県のトルトリ潟(Stagno di Tortolì )地域の加工製造業者はよく知られている。

サルデーニャの特産品はワイン、チーズ、オリーブ・オイル、パスタと食品部門だけでも数知れずあるけれど、中でも
ボラのボッタルガはレストランや友達を招いてのディナーでもアンティパスト、プリモと出番も多く、お土産としても人気を博している。

私も好んでボラのボッタルガを食材としてよく利用するが、実際のところ当たり外れもあってよく熟成されて旨味が引き出された
ボッタルガに出会うべくいろいろなメーカーを試していた2年前のある日あることに気付いた。

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by portocervo1962 | 2012-02-24 10:19 | Sardegna
2010年 03月 15日

サルデーニャの薬用植物


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私の義母は現在77歳であるがとても元気で若々しい女性である。
彼女はローマ出身でローマに住んでいるがサルデーニャのことガルーラ地方のことをよく知る人で、彼女がこの土地に最初に訪れたのが1962年。そうエメラルド海岸の開発事業が始まった年である。
彼女は昔から山登り、トレッキングなどとにかく歩く事が好きで時間を見つけては知らない山道も平気で散策に出かけてしまうような活動的で冒険好きで、またとても自然体の人である。

私がサルデーニャに来てからは、そんな彼女から「私のお気に入りの散歩道なの、でもあまり知られていない秘密の場所なのよ。」と聞かされて今まで彼女とどれだけたくさんの山道を歩いてきただろう。
そして彼女は私と歩きながらあらゆる木々や植物、草花の名前を私にすべて説明してくれるのである。
また、そんな彼女に育てられた息子である、私の夫、イタリア人建築家も本当に感心するぐらいみごとに植物の名前を言い当てるのである。
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私が日本に居た頃は恥ずかしながら道端の草花にも気を留める余裕などもなく、余暇の時間といったらその週の仕事の疲れがどっと来て、ただ家の中でぐったりと過ごしていたような記憶しか残ってないような気がする。
実は、その頃アトピー性皮膚炎の症状に悩まされていて、ステロイド剤を常用していたのだが、こちらに来て1年過ぎた頃にはすっかり完治してしまったのである。
あんなにも苦しめられていた激しい痒みと痛みから解放されたのである。環境のお陰もあるだろうが、やはりこういうことは精神的なことが多分に左右されるのだろうと思う。
最近は、義母やイタリア人建築家のお陰で植物をゆったりと鑑賞しながら歩く楽しみとともに、こういうゆったりとした時間が過ごせる事にすごく幸せを感じるのである。

ところでサルデーニャに生息する植物相で最も知られたものでは、gineproジネープロ(セイヨウビャクシン)、corbezzoloコルベッツォロ(セイヨウヤマモモ)、mirtoミルト(ギンバイカ)、lentiscoレンティスコ(ニュウコウジュ)などが有名だろうか。少しここでどんな効能があるのか紹介したいと思う。

ginepro
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8mぐらいほど針葉樹で開花時期はだいたい4月から6月くらいまで。
gineproの果肉には芳香性のエッセンシャルオイルを含有しており、肉料理の風味を添えるのに利用される。
gineproの葉の煎じ薬は食間に飲用され、主に皮膚のヘルペスや湿疹などに効果がある。また外用薬としては切り傷の痛み、リューマチ、関節炎などの痛みを和らげるのに有効。但し、妊娠期間や腎臓の問題がある人は禁忌。
gineproのオイルは皮膚のすべての疾患、疥癬などに使用される。

corbezzolo
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5mほどの高さの常緑の潅木。のこぎり状の深緑の葉に鐘楼形の白ピンクの花をつける。
果実は初めに黄色みをおびて、成熟のころには鮮やかな赤色に色づく。いぼ状に見える果肉は食する事ができる。
開花時期は10月から2月くらい。
corbezzoloの薬用効能としては葉の部分を煎じたものは利尿促進や収斂性の化粧水としても代用でき、花の部分は発刊作用を高め、体を温めるのに効果的。また生の果実は下痢を治癒するのに有効。
corbezzoloの樹皮は皮革のタンニンとしても使用される。根の部分は腸の炎症、腹痛を和らげるのに活用される。
またcorbezzoloのハチミツは喉の痛みを和らげたり、気管支炎に有効である。

mirto
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常緑の2.5mほどの高さの潅木。とても強い香りを放つ。葉は対生葉序、円形で硬く光っている。
花は白色で雌雄同体・花柄。果実は青みがかかった黒色の球状。
開花時期は4月から初夏ぐらいまで。果実の成熟は秋から冬の始まりの寒くなる前まで。
夏の時期に収穫したミルトの葉を煎じたものは消化を促進し、またミルトの芳香性のおかげで呼吸の疾患の症状を助ける。外用薬としては傷口の殺菌、日焼け後のほてり、乾癬、副鼻腔炎に適応。
果実は食後酒の「ミルト酒」として、それぞれの家庭でさまざまな配合で用意されている。さらにはミルトの枝、花、果実を蒸留して抽出した化粧水は「天使の水」としてよく知られており、肌の強壮、充血を緩和するのに効果があり親しまれている。

lentisco
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常緑の5mほどの高さの潅木。とても樹脂が多く芳香性がある。葉はつるつるして硬く奇数羽状。花は小さく、暗褐色、花弁は持っていない。果実は核果、初めは赤みを帯び、しだいに暗褐色と変化する。
開花時期は3月から5月ごろ。
レンティスコはとても重要な効能を持っており、特におでき、にきび、じんましん等皮膚のアレルギー症状に対しての薬効の治療としてとても知られている。
レンティスコの葉を沸騰させ煎じたものは肌を殺菌し、おでき、にきびを予防するのに有効。
根の部分を長く沸騰させたものは疥癬や皮膚の化膿にも効果あり。
戦後の貧しかった時代にはレンティスコの果実から抽出したオイルがオリーブ・オイルの代用として重要な役割を果たしていた。

地中海全域には2,800種類もの薬草が生息しており、そのうちの397種類の薬用植物がサルデーニャ全域に存在しているという。
これらの薬用植物はありきたりのようにサルデーニャのあちこちで目にすることができる。
そして何よりも、春先から夏にかけては強い芳香を放って私たちの嗅覚を楽しませてくれるのである。

この土曜日に天気が良かったのでSpiaggia di Principe(プリンスビーチ)に行ってきました。
ロマツィーノホテルに行く道の2本目の交差点を右に曲がると駐車場があり、車を止めて400mぐらい歩くと辿り着きます。
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この時期はビーチにはまだ誰も居ないのでなんだか独り占めしているような気持ちになります。
ああ、早く暖かくならないかなあ。


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by portocervo1962 | 2010-03-15 06:24 | Sardegna
2010年 03月 08日

サルデーニャとD.H.ロレンス

もともとエメラルド海岸と呼ばれる前のこのあたりはMonti di Molaと呼ばれていた。原住民たちは水車小屋の挽き臼で穀物などを砕くのに利用していたのである。
自然のままの赤っぽい花崗岩の岩山に紺碧に輝く海の近くに生い茂る地中海潅木地帯の広がり、そして唯一存在していた住居は、サルデーニャ北東部ガルーラ地方文化のシンボルでもある"STAZZO"と呼ばれ、所々の丘の上に点在する石灰で白く化粧された家だけだった。石灰で白く塗られた壁は寄生動物を殺すのに有効的であるのと太陽からの強い日差しをさえぎるために工夫されたものである。
実際、昔のサルデーニャの島は本土のイタリア人からは非衛生的で不健康な土地だと敬遠されていた。なぜなら島全体がマラリアに冒されていたからだ。
マラリアという病気はもともとアフリカで発生したもので、マラリアの根源は熱帯地方にある。
サルデーニャにカルタゴ人が侵入した紀元前550年頃、牧畜を主としていた原住民たちは高地に避難し、低地で農耕が始められたときにマラリアの流行が始まったと言われている。
マラリアは蚊によって媒介される病気であり、マラリアを媒介するハマダラ蚊が沼地の周辺で多発したのである。
そして第二次世界大戦後にアメリカのロックフェラー財団の援助によりサルデーニャ・プロジェクトが始める。このサルデーニャ・プロジェクトというのはDDT(有機塩素系殺虫剤)を大規模に散布する計画で1946年から1950年まで続き、島の住民たちはようやくマラリアから解放されることになる。
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1950年 ロバの上にDDTの容器を乗せて運んでいる

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DDTを散布しているところ

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上の写真は左は1947年10月30日、右は1947年12月27日と記載されており、その当時DDTの散布が済むと玄関先にこのように記していたようだ。
この写真は今現在でも町の旧市街地の建物の外壁にすぐに見つけられるものだ。

そんなマラリアに冒されていた島に1921年1月に訪れ、この島の魅力にすっかり心を奪われたしまった英国人作家がいる。
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D.H.Lawrence(1885-1930)「チャタレイ夫人の恋人」などで知られた作家であるが「海とサルデーニャ」というタイトルでサルデーニャでの旅行記をユーモアでほのぼのとした描写で綴られている。
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バスや鉄道を利用しながらのカリアリからオルビア方面までの冒険旅行である。
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サルデーニャは毎年6月中旬から9月中旬までと期間限定で運行されるTrenino Verde(トレニーノ・ヴェルデ)という名前のごとく緑色した3両編成の電車での観光産業が年々人気を呼んでいる。D.H.ロレンスのツアーもあるくらいだ。
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運行行程は公営交通機関の5つの路線とツーリストとための4つの路線とになる。中でもお勧めはMandasからArbataxの159kmの路線とMacomerからBosaの46kmの路線だ。
トレニーノ・ヴェルデに乗車しながらでは見ることのできない内陸から海岸線への道のりの中でサルデーニャの内陸の秘められた美しさが発見できるのである。
ツーリストの中にはD.H.ロレンスの「海とサルデーニャ」の本を片手に旅している人もいる。

彼がカリアリ市で宿泊したホテル「La scala di ferro」には今でも英国人作家D.H.ロレンスに献呈された標札が掲げられている。
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サルデーニャに訪れる人の目的はさまざまだが海岸線沿いの美しさだけではなく内陸の古代遺跡巡りをはじめ、まだ未開のままの秘境の地を求めて訪れてくる人々が本当に年々増えて来ていると思う。
私たちも休みを利用してサルデーニャを周遊しているがいつも新しいことの発見の連続である。
サルデーニャは本当に神秘につつまれた島であると思う。
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D.H.ロレンスの本と一緒にトレニーノ・ヴェルデに乗って旅したいと思った方はワン・クリックを。

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by portocervo1962 | 2010-03-08 08:03 | Sardegna