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カテゴリ:Barbagia di Seulo( 1 )


2010年 04月 24日

バルバージャ地方 棘のないバラ2

ガイロ市からセウーロ市に向かうルートとしては以前の記事にも触れたトレニーノ・ヴェルデの走行ルートの一つMandas-Arbatax間がよく知られているのでここでわかりやすくするために掲げます。
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ところでBarbagia(バルバージャ)地方の名前の由来ですがサルデーニャはフェニキア、カルタゴ文化の後ローマ人の支配下に置かれるわけですが、ローマ人たちは島の内陸部に入り込んでいた先住民たちと幾度となく衝突を繰り返します。
その当時の先住民たちは羊の皮を誂えた毛皮を纏い、それが全身を覆うほどではなかったのでローマ人たちにはまるで半裸にように映り、乳と肉が主食の勇猛で鳴らす部族が住む、人が近寄りがたい地域だとしてローマ人たちは"la Barbaria"(野蛮の地)と呼んでいたそうです。
後期ラテン語のBarbariaから派生して今のBarbagia(バルバージャ)になったと言います。

実際にこのあたりの地域は起伏に富んだ丘、谷間などが多くカルスト地形と呼ばれる石灰岩地域で雨水・地下水の溶食によって生じた特殊な地形を帯びており、よほどの土地勘のある人を同行しながらのエクスカーションでなければおそらく迷子になってしまうのではないかと思います。
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肥沃な谷間に屹立する断崖絶壁 Taccu Ticci
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サルデーニャ島で2番目に長い川 Flumendosa
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国有の森Montarbuには幾世紀も経た樹木が壮大に広がる中、数百種類の地方固有の植物や動物群をトレッキングしながら鑑賞し楽しむ事ができます。
ジェンナルジェントゥの山岳地帯の西南標高1334mのPerdeduの山の麓の石灰岩の砦の間に位置するSeulo(セウーロ)市は農牧業を中心とした小さな町ですが、このように豊かな天然資源に恵まれた町でもあります。
セウーロ市の旧市街地に着くとセウーロ市の民族衣装を身にまとい、町の中心となるGenneria広場でセウーロ市民が歌と踊りをすでに楽しんでいました。また、広場の壁には地元のアーティストMarco Ghianiの絵画が数百点も飾られていました。
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靴職人 Paolo Mulasの工房
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セウーロ市の織物。サルデーニャの伝統的な織物は各町によって絵柄が違うのでたいへん興味深いものがあります。
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昔の小学校で使用されていた机、椅子、教材そして制服まで。ほんとうにかわいかったです。
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昔のアンティックなカメラがたくさんコレクションされていました。あと皮革製品屋さんも。
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サルデーニャの貴重な動物群の剥製 サルデーニャに生息する野生の羊ムフロン、猪、白猪、キツネ等。
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1800年代頃の住居。編まれた葦の木とginepro(ビャクシン)の典型的な天井。
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昔の古いカンティーナ。ここで赤ワインをいただいたのですが、香り高くボディーのしっかりしたカンノナウのようなほんとうにおいしいワインでした。
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いつもこのような小さい町のお祭りに訪れて思うことは、町の人々が非常に強い絆で結ばれていて連帯感がとても強く、ホスピタリティーに満ち溢れているなあといつも感じます。
それが私たちにはとても心地よくまた次回も訪れたいという思いに駆り立たせられます。

最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

皆様、良い週末を。

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by portocervo1962 | 2010-04-24 03:21 | Barbagia di Seulo