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2011年 10月 27日

Fertilia ファシズム建築

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Parrocchia - San Marco (サン・マルコ教会)

Alghero(アルゲーロ)の空港があるAlghero-Fertilia空港のFertilia(フェルティリア)という小さい町はAlgheroの分離集落であるが、それと同時にイタリアのファシスト政権時代(1922-1943)にベニート・ムッソリーニによって建設された町としての方がおそらくこちらでは知名度は高いのだろうと思う。

サルデーニャ島でファシズム政権下の都市計画によって建設された主な町としては3つあり、まず1928年に建設された
Mussolinia(現在のArborea)、1936年のFertilia(フェルティリア)と1938年のCarbonia(カルボーニア)がある。

フェルティリア周辺を車で走っていると、何千本もの松が歩道脇に植えつけられているのが車窓からでも確認できるが、これにはもともとはこのあたりの地域は湿地帯の沼地で、ファシズム政権下の政策で土地改良法とともに土地が埋め立てられたのであるが、以前は沼地であったがゆえ、マラリアの棲みかとして地域の過疎化が進み、土地改良後は過密地域のフェラーラ等からの移民を迎え入れていた。

そしてその後、すぐに第2次世界大戦が勃発し、イタリア軍は旧ヴェネツィア共和国領でもあったイストリア地方やダルマツィア地方の領地を消失し、イストリアやダルマツィアからの亡命者はフェルティリアの町に移入する事になったのである。

Alghero周辺を車で周遊する時、必ず通り過ぎる海沿いに建つファシズム建築を呈したフェルティリア。Nurra地方のETFAS(Ente per la Trasformazione Fondiaria e Agraria in Sardegna)(サルデーニャでの農業と土地の変更作業の為の機関)の埋め立てに付随して1936年3月に生まれた町フェルティリアに是非一度立ち寄ってみては。

左右対称で、両翼に連なるアーチが特徴的なファシズム建築にこの地域原産のピンク色の粗面岩が特徴的なサン・マルコ教会。





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中央の教会に中央に敷かれた主軸となる道路の両脇にも左右対称のポルティコ。中心軸の軸線は遥拝の軸とも呼ばれるファシズム建築には欠かせないものである。
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さらに教会から遠ざかると右手にはファシズムのシンボルでもある警士の塔。
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1947年サルデーニャはダルマツィア、フィウーメ、イストリアの亡命者を兄弟愛をもってここに迎え入れた。
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ヴェネッツィアのシンボル守護聖人マルコの有翼のライオンが空高く聳えているのが印象的。
そういえば、フェルティリアの町の広場や通りの名前にはダルマツィア、フィウーメ、イストリアやフリウリ・ヴェネッツィア・ジューリアの都市の名前が付けられていて、またフェルティリアの住人はヴェネト地方のアクセントが強くて、サルデーニャのログドーロ語とヴェネト語が入り混じっていて町の雰囲気もちょっとサルデーニャに居ることを感じさせない程。

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AlgheroFertiliaの間にCalich沼があり、そのCalich沼と海岸の合流地点を横断して、かれこれ1000年以上も経つ
ローマ時代の橋がまだしっかり残されているのでFertiliaに寄られた時は是非こちらもお忘れなく。




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by portocervo1962 | 2011-10-27 04:22 | Nurra


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