PORTO CERVO の人々

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2010年 06月 25日

エメラルド海岸の魅力

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気が付いたらもう6月も下旬に差し掛かっているんですね。
ポルトチェルボも子供たちが夏休みに入ったこの時期からまたさらに人口密度が高まっていきます。
通常ポルトチェルボからオルビア間は冬場は車で30分ぐらいなんですが7,8月になると1時間30分ぐらいはざらにかかってしまいます。車の渋滞の渦に巻き込まれるのを避ける為に地元の人たちは夏のハイシーズンになるとオートバイやモーターバイク等を利用してなるべく混雑を避けています。

1年を通して仕事のベースをポルトチェルボに置いている私たちにとっては、毎年エメラルド海岸でバカンスを過ごす友人またはクライアント、そして反対にエメラルド海岸にお店やアトリエがあって働きに戻る友人たちに対しての最初の挨拶の言葉はいつも"Bentornati"お帰りなさいから始まります。
バカンスの人も働きに戻る人も皆、ポルトチェルボが大好きな人ばかりです。そして皆さんほんとうに国籍もさまざまです。
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エメラルド海岸の魅力を一言で言うならば地中海潅木地帯に覆われた入江の美しさに尽きるのだと思います。
もともとは独自の地方文化や食文化が特別あるわけでもなかったほとんど放置されていたも同然の土地がまるで必然だったかのように世界中を航海していた貴族たちの目に留まり、サルデーニャ島の中でひときわ入江の美しさが群を抜いていたこのエメラルド海岸域に真のジェット・セットと言われる人々が集う高級保養地を貴族たちとその友人の財政家グループによって開発されたわけです。
このためにサルデーニャでありながらサルデーニャではないとの見方もされています。
しかしながらポルトチェルボはガルーラ地方に属している中で、ちゃんとガルーラ地方の食文化や伝統工芸などをうまく織り交ぜながら、さらにはサルデーニャの文化とうまく共存させながらポルトチェルボという今では商標化されてしまった町の一種特殊な文化が存在しているわけです。
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1960年代 向かって左から義父、エメラルド海岸の創始者アガ・ハーン4世、建築家故ルイージ・ヴィエッティ

当時からアガ・ハーン4世らとともに働いていた義父が言うには1960年代後半になると土地の区画化整理事業が進められる中で当初アガ・ハーン4世は彼の選り抜かれた友人・知人にだけしか土地を売却したがらなかったそうで、イタリア人にも売却し出したのは1970年代の後半になってからのことです。よくポルトチェルボの人々が黄金の時代と懐かしんでいるのは1970年から1980年の後半までのことを指しています。そして1990年代になると完全にエメラルド海岸の門戸が開放されていきます。有名なサッカー選手たちやグラビアを飾るショーガールたち、またはニューリッチと言われる新しい世代の富裕層の人たちが続々と訪れるようになります。
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そして今ではエメラルド海岸はすっかり公共の場も有料観光地化されてしまって、本来のエメラルド海岸の創立のスピリットであった赤味を帯びた花崗岩の侵食作用の造形美と紺碧に輝く海、そしてさらさらの砂質の白砂とのコントラストが織成す野生の自然美を持つ雄大な海岸線を自由に鑑賞し謳歌できるものであったはずが、80年代の後半から時代の需要とともに海辺にデッキチェアーやビーチパラソルが所狭しと並べられるようになり、今ではしっかり有料化されてしまっています。
もっとも贅沢な海辺とは無人であり、砂浜に直に素肌を寄せるとその海辺の魂の鼓動を感じる事ができる」ということをアガ・ハーン4世はよく口にしていたそうです。
もともと海辺は公共のもので、デッキチェアーやビーチパラソルを並べて販売している人たちはアルザケーナ市役所から認可を得て商売している人たちです。しかし市町村の条令で海辺の60から70%は公共のものとして自由でなくてはならず、残りの30から40%が認可を得て商売ができるスペースです。
それがエメラルド海岸の主要なビーチに行くとほとんどのビーチが有料のデッキチェアーやビーチパラソルで占領されてしまっているのが現状です。またビーチの近くにはハイシーズンの時期だけ有料になる駐車場が設けられていますが地元の人はまず有料の駐車場等は利用はしません。至近距離で無料駐車できるスペースを地元の人たちはちゃんと心得ているのです。
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またアペリティーヴォするのにもレストランで食事をするのにも観光客相手のお店を利用するとたいしておいしくもないのに法外な値段を払わされる事もあります。
高級リゾート地と言われるがゆえ物価も高く、物価は軽くローマの2倍以上はします。一番わかりやすいのがスーパーなどで食品や日用品などを調達されると一目瞭然だと思います。
ポルトチェルボにもう何十年も通い詰めている人たちや私たちのように地元の人たちはどこのスーパーやメルカートが良心的で、何処のレストラン、トラットリアが適正な価格で食事を提供しているか等の情報をちゃんと心得ています。何処のリゾート地でも同じなのでしょうが何も知らない観光客相手に暴利を貪ろうとしている人が必ず居るのも事実だと思います。
ただ前述のようにエメラルド海岸に魅了され、ポルトチェルボに刺激され通い詰めている人々がたくさんいるのも確かであり、彼らも生活の知恵というものを活かしながら大いに人生を謳歌しているように思います。
また一部にはポルトチェルボが表層的であるとのイメージもあるようで確かに否めない部分もありますが、もっとポルトチェルボの本質的な魅力を真摯にお伝えしていけたらないいなと考えています。
また政治、歴史、文化、建築、美術、工芸、インテリア、アート、食、ファッション等たくさんの話題をポルトチェルボを通してまたサルデーニャを通してこれからも皆さんに発信していきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。また更新が遅れることもあると思いますが気長にお付き合いいただけたら思います。
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by portocervo1962 | 2010-06-25 03:00 | Costa Smeralda


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